制作過程 – 第10 部

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制作チーム:最初に
制作チーム:震災直後のボランティア活動(東北)
制作チーム:撮影(東北)
制作チーム:編集(米国加州)
制作チーム:音響(東京)
制作チーム:ポスプロ(東京)
制作チーム:アニメーション(日本、韓国、中国)
制作チーム:詩の朗読
制作チーム:グラフィックス
制作チーム:記録・翻訳・字幕
制作チーム:エンディングロール
制作過程

ドキュメンタリー映画の制作過程において編集はもっとも重要だ。特に50時間以上の素材を90分の映画にするとなると編集チームにとってはプレッシャーだ。素材映像50時間のうち、半分以上はインタビューだった。映画はほとんどインタビューで構成されているので、監督および編集者たちがインタビューの内容を理解する必要だった。そこで30時間ものインタビューが翻訳された。

p4j_translationrewrite_20110916_smドキュメンタリー映画の制作過程において編集はもっとも重要だ。特に50時間以上の素材を90分の映画にするとなると編集チームにとってはプレッシャーだ。素材映像50時間のうち、半分以上はインタビューだった。映画はほとんどインタビューで構成されているので、監督および編集者たちがインタビューの内容を理解する必要だった。そこで30時間ものインタビューが翻訳された。

まず、記録チームは5人のボランティア。彼らは映像業界などのプロですがこの仕事は全てノーギャラでやって頂きました。取材データを何でも何でも何時間も再生したり記帳したり巻き戻したり修正したりという切りがない過程だった。最終的にパソコンに全て入力して編集チームに渡した。この映画は彼らの力によって存在している。

幸いにスチュウ監督も編集者も日本語と英語の両方ができるので全ての30時間以上の取材データを翻訳する必要性がなかった。多くのドキュメンタリー映画だとそういう過程が不可欠(特に監督や編集者が取材言語を理解できない場合)。当映画では予算がない分、そのステップが必要だったとしたらもうアウトかも知れなかった。しかし、それを飛ばすことができて、編集に直接に入った。そこでとても大事な段階が翻訳。これは編集済みの映画を翻訳することだったけど、90分だけと思っても無限な量に感じる。特に言葉が多いドキュメンタリー映画なので、3人の優れたボランティアのおかげでこの作業もできた。二人はプロ翻訳者でもう一人はアメリカのロースクールの生徒(スチュウ監督が卒業したジョージタウン法律大学)。この写真で分かるようにとてもとても細かい作業だった。この3人ボランティアチームのおかげさまで世界中で英語版を見ることができる!

最終的に翻訳された英語版を字幕として映像に焼く必要がある。これも恵まれたことでロスではひろ子さんが勤めている会社がその専門業者であって我々の映画を応援して頂きました。Vitac社と社長のYelena Makarczykさんとそのチームが頑張って頂きました。そのおかげで、レベルの高い字幕になった!

記録と翻訳のボランティア組が以下の通り:

TranslationTeamP4J

山本理江 (翻訳)

ガイドブックの編集を8年担当後、2008年よりフリーランスの映像翻訳者となる。ドキュメンタリー番組、リアリティ番組、映画などを中心に活動中。

今井ひろ子

ロス滞在の女優と翻訳者である。東北を一日でも早く復活ができるように祈っているというメッセージが本人から送られてきた。

藤井佳子

俳優 日本俳優連合組合員 平成19年度文化庁派遣芸術家在外研修員

一級小型船舶操縦士

主な出演作品は『麗しのハリマオ』(水戸芸術館)、『みやこ旅館』(オフィス北野)、『チン・アップ』(ニューヨーク米国劇作家組合)、『風雲児』(石原興監督 松竹)、『JDate』(ディブ・シモンズ監督)、『ランチスペシャル』(マヌー・ボイヤー監督)、横浜三菱みなとみらい技術館、三菱重工業長崎造船所史料館の音声ガイドほか。ウイリアム・エスパー氏に師事。現在マイケル・ハワード氏マスタークラス所属。

藤保修一

TVディレクター、プロデューサー

大手番組制作会社を経て、現在フリーランスとしてテレビ、Web

動画、ネット配信、PRイベントなど

ジャンルを問わず活動中

小林佑

私は3月11日以降、報道を見ていて「受身ではなく、被災地域の実情を今こそ自分の目で見て何か行動せねば」と考え丁度、大学内で

ボランティアの募集していたため、参加しました。岩手県の大槌町と釜石市へボランティアとして参加しました。主な支援内容は、最新の情報が届かない地域に対しての安否情報や情報受信機の提供と、使い方のサポートです。数回出向いて活動したのですが、「助けることができた」とは実感できませんでした。しかしこの活動から私は「人間の強さ」を肌で感じ「本当に人のためにできることは何なのか」を考えることができたことは、生涯の大きな財産であり、今後も彼らのために行動していこうと思っています。

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